五章 呪いを越えて 2
一気に駆け抜け、若干林道よりも高めの位置から、這いつくばって状況を見下ろす。
小型のドムフがギリギリ通れるぐらいの広さしかない林道の中心部で、談笑しているのが六人。どれも血の滴った剣と、返り血を浴びた白い研修服を着ている。
推測は当たったよ、スエントさん。
六人とも体格は申し分ない。若干二名ほどひょろっとした長身の印象だが、それだけ間合いが広いはずだ。
たしかにやりにくいかも。
あれらをマッドナ兄弟と勝手に確定し、もう一人の注意人物へ視点を合わせる。
ほかより一回り大きく、がっしりしている分わかりやすい。しかも周りに衛星のような連中が三人。あの中心人物こそカタムと見て良いだろう。顔も強面でがっしりしている。普段ならお相手せずに道をさっと譲ってしまう感じだ。
でも今はな。
彼らの周りには五人ほどの資格者が倒れ、所々濃いめの赤色が研修服を染めていた。
やられたか。
過去に見た光景と重なりだし頭振るなか、スエントの指示が飛ぶ。
「殺る必要はない。深追いもするな。ただ戦力を削げ」
「了解」
「わぁってるよ」
二人が答えたと同時にスエントは立ち上がり、剣を抜き放って高らかに吠えた。
「いくぞぉ! 楽しめやぁ!」
「おっしゃぁ!」
「楽しむかよ!」
胸躍る感覚に酔いしれつつ、ダンは跳ね上がって一気に斜面を駆け下りていく。
他の二人の動向など目もくれず、木々を縫って林道に飛び出る。
標的の六人は戸惑いを見せたのも一瞬で、すぐに好戦的な顔へ変わり、雄叫びを上げて斬りかかってくる。
ダンに向かってくるのは一人だ。しかも衛星の一人。さほど特徴的のないのっぺりした顔つきに、黒く長い髪をなびかせた男だ。
なめられたかな。
苦笑しつつ突進してくる男の動きを見極め、上段に構えた剣の軌道を予測していく。
遅いな。
ケチをつけ、左手で鞘を、右手で柄を握ったまま、ダンはいとも簡単に振り下ろされた一撃を右へ避けた。そして剣を抜き放つ動きで、相手の左腕を斬っていく。
返り血を少々浴びるも、ダンは情けない悲鳴を聞きながら次の標的へ視線を走らせる。
あれかな。
マッドナ兄弟と打ち合うナフューの手前で、スエントに対し三人掛かりの状態が見える。瞬時に誰が頭か見抜いたわけだ。
さすがだけど。いただきます。
三人と間合いを取り、打ち込まれてははじき返すスエントの動きを尻目に、ダンは背後から音もなく駆け寄って、衛星の一人へ斬りつけた。
薄皮一枚、右肩から左臀部にかけて、研修服共々切り裂かれた男があわてて振り向く。その顔面に剣の柄をねじり込むように殴りつけ、白目むいたのを確認して肝心の相手へ声を掛けた。
「次はあなたが相手ですか」
大柄な男の顔が気色ばむと同時に、振り返りながら横殴りの動作に入った。
こいつも大したことないな。
大振りの一撃を一歩後退しただけでかわす。
隙あり。
すぐに踏み込み直し、敵の脇をすり抜ける合間に右腕を切り裂く。
「てめぇらぁ」
背後からカタムの憎しみ篭もった声が聞こえた直後、
「やってられねぇ」
「抜けるぞ」
ナフューと対峙していたマッドナ兄弟が吐き捨てながら後方へ飛び退き、そのまま林道を山頂方向へ走り去る。それを見て舌打ちしたカタムが無言であとを追っていく。
終わったかな。
振り向くと、ダンが最初に斬った男も左腕を押さえ下山方面へ逃げていた。
「追わなくていいからな」
スエントの指示と同じくして、崩れ去る音が続く。どうやら残りの一人を戦闘不能にしたらしい。
見事だね。
五体満足だが泡を吹いている男を見て、スエントの技量がそれ相応のものであることが伺えた。
ま、敵でなくてよかった。
安堵感を覚えつつ剣に付着した血を振り払うなか、ナフューの愚痴が聞こえてきた。
「あとちょっとだったのに。奴ら」
「まぁ相手が相手だからね」
「そうさ。坊主なんてなかった」
不満げな理由はそこらしい。たしかにダンが二人食い、スエントが一人食った。あとはどちらも逃亡だ。
「まぁわからんでもないけど。気にするな、ナフュー」
「ダン、アンタは二人、ついでにカタムを仕留めてるからそう言えるのさ。まぁいいけどよ」
口をとがらせるも、ナフューは剣を収めつつ話を変えてきた。
「それよりも、あざやかだなダン。もう吹っ切れたのか」
「おいおい、見てたの?」
「まぁ少しだけな」
あの二人を相手にしてほかを見る余裕があったということだ。
本気じゃなかったんだろうな。
だから取り逃がしたのだ。そうとしか考えられない。
「呆れるね」
「で、どうなんだ」
改めて問われ、ダンは剣を収めてため息混じりに答えた。
「まだだね。あれじゃなにも感じなかった」
「そうか。残念だな」
残念?
疑問が口をつく、その前にスエントの声が飛んだ。
「そろそろいいか。ずらかるぞ」
「ずらかる?」
眉をひそめたナフューへ、さらにスエントがまくし立てる。
「いいか。いくら監視しているとはいえ、教官らが現場に来ればかなり時間を拘束される。どうせ助からない奴らもいるんだ。そっちの責任までこっちが食らう可能性だってある」
「同罪ってことですか」
「早いな、ダン。まぁ奴らが良くやる手だ」
七人になった犠牲者のなかで息があるのは少ない。
ぼくらじゃ、どうしようもない……か。
なんとかすれば助かるかもしれない、とは思うが、そこまでする義理がダンにも、ナフューやスエントにもない。ましてや是が非でも助けたい、友人や知り合いでもなかった。
「これは試練」
小さくつぶやき、自らに言い聞かせる。
命を賭けた試練だから。
ダンは己の思いにけりをつけ、スエントを促した。
「じゃぁあとは任せるとして、どうします。また迂回しますか」
「いや、もうあの手はな。かといってカタムらと同じ道を行くのも、いらん荷物を背負いそうだ」
「ならどうするんだ」
苛立ち気味なナフューが急かすなか、スエントはしばし黙ったあと、
「俺に考えがある。特別な手だが、どうするよ」
「聞いてからだ」
「ぼくはまぁ、スエントさんに任すよ」
「二対一か。どうするナフュー」
名指しされたナフューは眉をひそめるもため息混じりに、手を払う仕草で答えた。どうでもいい、ということだ。
「よぉし。じゃついてこい。三度目の真髄ってのを見せてやる」
スエントが拳を天へ突き上げる。
しかしその先には、重くたれ込めた雨雲が広がりはじめていた。
一雨、来るか。
雨に濡れる可能性にうんざりするも、ダンは妙な胸騒ぎを覚えていた。
残念か。
鼓膜にこびりつく響きを胸に秘めながら、スエントのあとを追った。
◇◇◇
またも道無き道を進む。
しかも山頂へ向かうわけではなく、なだらかな斜面を登りはするが林道からはどんどん離れて行っている。このまま進めばウトラウ山の裏側へ出てしまう可能性が高い。
あれから結構、進んだよな。
木々の隙間から山頂方向を見上げるが、限りなく黒に近い灰色が遮っていて確認できない。
あの中を行くのもたまらないけど、このまま進むのもちょっとな。
不安から来る疑念が、ダンの口を開かせた。
「スエントさん、そろそろ行き先を教えてくれませんか」
「なんでぇもうか。不安ってか」
「ま、そんなところですよ。雨も降りそうですしね」
先頭を行くスエントは立ち止まることなく空を見上げた。
「雨か。やっかいだがつきものだ。あきらめろ」
「ですか。まぁその点はあきらめますけど。行き先はどうです?」
「そうだな。目的地はあとちょっとだ。一応、採掘跡地ってやつよ」
「採掘、ラフマス鉱石の?」
「もちろんだ。まぁかなり昔のだがな」
「山頂にいかなくても、ですか」
「そういうことだ。まぁ見つけたのも、去年の山頂帰りだったな。むしゃくしゃして一人道を変えて帰ったときに、ってやつよ」
偶然見つけたということだ。
大丈夫なのか。
そんな疑念が過ぎったのは、ダンだけではなかったらしい。
「場所、わかるんだろうな」
「そのあたり抜かりはない。地図も書きまくったしな」
即答であってもナフューの追求は止まらない。
「ならば、なぜ最初から行かなかった?」
「とっておきだからな。それによ、山頂あたりで探すのもちょっとした思い出になるじゃねぇかと思ってだな。まぁそういうことよ」
わからんでもない理由だ。
いきなし裏口ってのも、だよなぁ。
一人納得しつつ、ダンは話へ割り込んだ。
「スエントさん、それはわかったんですが。一つ気になることが」
「なんでぇ」
「結局、ラフマス鉱石のなにが、不合格にさせたんですか?」
「いてぇところ突いてくるな」
「気になりますからね、この際仕方ないかなと」
「仕方ねぇか。まぁいいけどよ。俺が落ち続けたのは、結局持って帰られなかったからだ」
「持って? 袋とかなかった?」
「おいおい。まぁ最近じゃあまし知られてねぇか。ったく」
呆れられるも、スエントは淡々と話しはじめた。
「ラフマス鉱石と言えば、元は真石の材料に使われていた素材よ。今はさらに純度の高いゼスタマスに変わり、採掘されることもなくなったが、今でもラフマスは妙な現象ぐらいは起こす。それ故に資格者判定の道具として使われているわけだ」
「妙な現象ですか。それが原因で?」
「まぁそういうこった。現象は人それぞれだがな」
それぞれか。
なにが起こるのか定かでない分、不安は増すというものだ。しかも今まで積み重ねてきたものが、石ころによって判定されるのも腑に落ちなかった。
「なんだか。むなしくなりません、それって」
「あぁむなしいぜ。とくに俺なんて二回も判定落ちしているわけだからな。しかし真石の純度が高くなればなるほど、人体への影響力は高くなる。守護警士が装備するほどのものとなれば、それ相応の耐久力がなければならん、わけよ」
「へぇ。ってそれなら最初から検査しません?」
「してあるだろ、普通に、密かに。それでも落ちる奴がいるのは、それ以外の理由だ」
してたのか。
思い返すも真術の講義でさわったぐらいだ。
ぼくは剣術系だったから、なのか。
首を傾げるも、ダンはさらに問いかけた。
「石が判定するんですか、そんなところまで」
「まぁ『女神の涙』と言われるくらいだからな」
「どこの女神ですか」
「知らねぇなぁ。廃れた古のか。それとも他国のか。俺たちの国は無神論だしなぁ」
「ですねぇ。ってやっぱあまり納得はできませんね、どこぞの女神にだなんて」
「まぁ不満はあれど、まずは手にしてからだ。ほら、見えてきたぜ」
言葉通り、無限に続くと思われていた樹木の壁たちが薄くなり、微かに緑以外の色が見えはじめていた。
崖か? 地盤がそのまま……たしかに採掘場ってことか。
見えてくる情報を整理しながら進むと、思った通りの光景が広がっていく。
山肌を広範囲に削り取り、地肌がむき出しになっている。しかし流れた月日が、至る所で緑の浸食を許していた。
「ここが終点だ」
宣言したスエントは、そのまま石ばかりの斜面を駆け下りる。
ダンとナフューもあわてて、スエントのあとを追う。そして採掘場の中央部へ進むにつれ、あたりの色が変わりつつあることに気付いた。
紫の砂か?
所々に草が見えるも、それ以上に淡い紫色が点々と広がっている。
「これがラフマスかな」
紫色の砂を指してナフューに問いかけるも、彼はただ肩をすくめるだけだ。
まぁそっか。
ラフマス鉱石がなんであるか、そんな情報など知らされていないのだ。知っている輩はそのまま目標へ向かい、知らない者は知っている者を追うか、襲うか。すべては何でもありの規則が資格者を縛っていた。
しかし、これぐらい特徴的なら。
山頂付近にごろごろしているというのが確かならば、簡単に入手することもできるだろう。
「とりあえず、これがラフマスだろうが、砂じゃなぁ」
苦情をぶつける相手を探すと、スエントはしゃがみ込んで手招きしていた。
「なにか?」
「こっちだ。石はよ」
言われるままに近づくと、たしかに彼の周りだけ拳ほどの大きさを持つ紫の石が幾つか転がっている。
「少ないですね」
「まぁ山頂のようにはいかねぇなぁ。登山せずに得ようとすれば、掘るしかなかった時代のだろうからよ」
そう言ってスエントは近くにあった紫の石を手に取った。
「さて、見てろよ。これが判定だ」
判定の響きがスエントから石へ注目させたとき、異変は起こった。
石が、溶ける?
手の中にあった石が形を崩し、指の間から液状になってこぼれ落ちていく。地面に落ちたそれらは再び寄り集まり石となるも、前よりか若干小さくなっていた。
これが判定……って、それって。
思わずスエントを見ると、彼は微笑んでつぶやいた。
「まぁそういうこった。俺は今年もダメだったわけよ」
「そ、そうなんですか」
「おう。こればっかりはどうしようもねぇ。そういう運命なんだよ」
運命って。
たかが石ころの変化だ。なのに、それだけで今までのなにもかもが消え去る。
納得できないだろ。
間近にして、さらに思いが強くなる。
「スエントさんは、それで良いんですか」
「良くわねぇよ。しかしまぁ仕方ねぇ。三度目ともなれば、なんとなくわかるってもんよ。流れがな」
ため息を吐いたあと、スエントは転がっているラフマス鉱石を指差した。
「さぁ次はお前らだ。判定といこうじゃないの」
「判定っすか」
口にしながらも一歩が出なかった。
なにしろ今、目の前ですべてが無に帰す瞬間を見てしまったのだ。
あの姿が自分に降りかからないとは言えない。それがわかっているからこそ、すぐには手が出せなかった。
今までが。そしてこれからが。
「決まるわけだ。この石っころで」
「その通り。だが掴まない限り、なにもはじまりはしないぞ」
スエントの言葉にうなずき、一歩を踏み出すダンであったが動きは遅い。だからか、一陣の風にあっさり追い抜かれた。
「お先に」
「え、ナフュー?」
銀色の髪をなびかせ、ナフューはラフマス鉱石の前へ立った。
「いいかナフュー。現象は人それぞれだ」
「わぁってるよ、スエント。だから俺は、今ここにいる」
吐き捨てたあと、おもむろにナフューはラフマス鉱石を掴み取った。
いける、君ならば。
念じながら、手元へゆっくり引き上げていく様を見守り、
「ナフュー、大丈夫か」
声を掛けたときだ。
石が鈍い紫色の光を放ちはじめた。
なんだ。これ。
異様な光景に釘付けとなるなか、あわててナフューから離れるスエントの姿が見える。
まさか。
嫌な予感が過ぎった直後だ。
「やべぇ、こりゃやべぇ。離れろダン!」
声に反応するも、ダンの足を止める別の声がさらに聞こえた。
「あのときだ」
光る石を掴んだままナフューがつぶやいていく。
「あのとき俺は、俺は」
「ナフュー、石を離せ!」
スエントが叫ぶも、ナフューが答える素振りはない。
どういうこと。
未だ状況を把握しきれず判断に迷うダンへ、スエントの指示が飛ぶ。
「動けダン! 結界に飲まれるぞ!」
結界? 真術のか。
様々な結界を思い描くが、どれもが決め手に欠ける。
その最中、辺りを一斉に紫の光が包み込んだ。
「結界だ! 標的はお前だ。ダン、剣を抜け!」
剣を? なぜ。
言われるままに剣を抜くと同時に、もう一つの鞘走りが聞こえた。
「ナフュー?」
呼びかけながら、ようやくダンは気付いた。すべてが半透明な紫色に包まれ、それ以外の風景が陽炎のようにぼやけていた。その中ではっきり見えるのは、自分自身と剣を抜いたナフューのみだ。
スエントさんは、弾かれたのか。
視線を走らせると、わずかに離れた位置でぼやけて見えるスエントの姿があった。
あの状態なら、無理だな。
入っては来られまい。近づくこともできないはずだ。
しかし声だけは聞こえてくる。
「心象の結界だぞ。あり得ねぇ。いや、万が一に起こるとは聞くが、くそ、呪われやがった! いいかダン、奴の言葉は本物だ。本心だ。疑うな。迷えばお前の命はない!」
呪い? 迷う? ぼくが……そんな。
状況と照らし合わせれば簡単に気付く。
「ナフュー、うそだろ。しっかりしろ!」
叫ぶも、相手はまったく反応を示さないままつぶやき続けた。
「俺はあのとき。あのとき」
なんだ、あのときって。
疑念を覚えるもダンは剣を握る手へ力を込めた。
ナフュー、来るのか。
すでに彼の周りから気圧されるほどの精神波動が立ちこめていた。
あれは。人を殺す意志だ。
今まで対峙し感じた波動と似ているが、さらに昇華されている。たった一つの目的のために。
ぼくは、彼を。
念じた直後だ。
一気に精神波動が膨れあがり、必殺のきらめきをダンは捉えた。
くそったれがぁ!
歯ぎしりし、剣筋を読み切ったダンは、上段から振り下ろされる一撃を剣で受け止めた。
瞬く間に間合いを詰めたナフューが、今目の前にいる。
驚愕しつつダンは吠えた。
「なぜだ! ぼくたちが、なぜ戦う!」
「あのときなんだよ」
間髪入れず返ってきた言葉に、ダンはうつろな目をしたナフューを直視し答えた。
「あのときが、なんだ」
「あのときさぁダン、あのとき俺は、俺はぁ」
見開かれた目がダンをはっきり睨み、ナフューが声を荒げた。
「俺はお前にぃ恐怖を、恐怖を覚えた、俺がお前にだぜ。信じられねぇ。信じたくもねぇ。だが対峙したコオルタは確実に感じていたんだ。お前の恐ろしさを。だから俺は、俺はぁ許せねぇ。許せねぇんだよぉダァン!」
拮抗した鍔迫り合いが、若干ゆるんだ。
来る。
引く瞬間を見計らってダンも剣を引き、相手の軌道を追い、再度打ち合う。
二合三合と打ち続け、最後に下段からの一撃を飛び跳ねてかわし、ダンは間合いをとって呼びかけた。
「なにが許せない、ナフュー」
「なにがだと。よく言う。よく言うなダン」
怒りに顔が歪んだまま、ナフューは剣を右手のみで持ち、水平に構えてくる。
幻惑剣、やる気か。
両手利きであり、変幻自在の軌道を組み合わせた剣に迅速な体術、そしてナフュー自身が持つ精神波動がさらに太刀筋を読ませない。対峙する者は、いつ斬られたかもわからぬまま負けが確定するのだ。
ぼくに、読み切れるのか。
五剣士のなかで、ウララ以外で戦いたくなかった相手はナフューだ。
一番、ぼくに近く、似た型だ。やりづらい。しかしそれ以上に……。
迷いが心にあった。
やり合うことよりも、訪れるであろう結果がダンを迷わせる。
死ぬぞ、確実に。
スエントの言葉通りだ。迷えば死ぬ。
なら、迷わねば……ナフュー、君は。
中段に構え、剣先をナフューへ向けたまま、相手の動きに合わせすり足で円を描いていく。
次が、最後か。
覚悟が決まる前に、ダンはもう一度呼びかけた。
「ナフュー、呪いを越えろ」
「その言葉、そっくり返すぜ」
「なにがそこまで。君のなかになにがある?」
「あるんだよ、決して許せない思いが。ダン、アンタはわかっているはずだ」
「ぼくが。なにをだ」
「これだから、これだからアンタは度し難いぜ。ダン、いいか、俺が恐怖を覚えたんだ。ならアンタは、もっと凄く、もっと上へ行かなくちゃいけないんだ」
「上? なにを」
理解出来ぬダンへ、さらにナフューが吠える。
「なのにダン、アンタはまだ本気すら出しちゃいない! 掟だと? 呪われているのはてめぇだろうが! 茶番もいい加減にしろ! 本気を出せ! 答えが見えぬのなら、俺が教えてやる!」
意志が波動となりダンを襲う。
妙な重苦しさを感じるも、ダンはようやくナフューの心にたどり着いた。
君は、ずっとそうやって。
押し込めた思いを抱えたまま一緒にいたのだ。
気付かなかったな。さすがナフューだ。
感心しながら、最後に確かめた。
「それが、君の真意なのか」
「真意だ。ダン」
即答と同時に、互いの動きが止まった。
やる気には、殺る気で応える。
ダンは徐々に剣先を下げ、地面に掠らせるほど下段に構えた。
答えは、もう見えている。
呼吸を整え、目を閉じていく。
同時に相手の精神波動が膨れあがり、迫る足音が聞こえてくる。
その合間に脳裏へある記憶が過ぎり、答えを指し示す。
そうだ。ぼくの迷い。それこそ生死の境目。ぼくが迷わず、本気を出せたのは、そのときだけだ。
迷わず本気を出せたのは、資格試験時の守護警士ホージィと戦ったときのみ。
二撃目を受けたとき、すでに答えは出ていたのだ。
ぼくは生きるために剣を振るう。さぁ思いだせ。
五感を研ぎ澄ませ。
相手の鼓動を感じろ。
さすれば、我は獣へ至る。
「心を、決めろ」
今こそ、掟を破るときだ、ダン!
閉じた目を見開き、二重にぶれるナフューの姿を捉えながらもダンは右足を踏み込む。
先手必勝!
硬直することなく身体はあざやかに動き、流れのまま、迷うことなく右側のナフュー目掛けて剣を振り上げた。
風を切る音が左頬を掠める。
代わりに、ダンの剣先は相手の左肺を貫き、骨ごと斬り上げていた。
鮮血が顔や手、身体に降り掛かっていくなか、ナフューの身体がゆっくりともたれかかってきた。
勝った。……でも。
目の前の男は、今まさに死んでいくところだ。
しかも己の手で命を狩った。友の命をだ。
「これで、よかったのかナフュー」
「よかったのさ」
囁く声を聞きながら、ダンはナフューを抱えて地面へ降ろす。
よくねぇよ、こんなの。
肺から左肩にかけて裂けた様は、無惨だ。
顔は血の気が抜け、女子たちに騒がれていた面影はまったく残っていない。
ぼくが奪ったのか。
改めて去来する激しい後悔を覚えるなか、ナフューが血を吐きながら最後の言葉を告げてきた。
「ダン、やっぱりお前は……これ、持って」
右手の平を少しだけ上げるも、すぐに力尽きて地面へ落ちる。しかし手のひらから、ゆっくりとだが、あの紫の石が浮かび上がってきていた。
これをか。
手にしようとしてためらう。
そんなダンへ叱責が飛んだ。
「馬鹿野郎が! 遺言だろうが。ダン、掴み取れ」
振り向くと、仁王立ちしたスエントがダンを見下ろしていた。
いつしか紫の結界は消え、雨粒が降りはじめていた。
終わったのか。
忌まわしい結界も、狂った友も、最後の試練も。
すべてが終わっていく。
これが、ぼくの選んだ道か。
こみ上げる思いと後悔が混ざり合うも、ダンは緩慢な動作でナフューの右手に現れたラフマス鉱石を掴んだ。
そして石は。
手の中で、まったく変化はしなかった。
ただ代わりに、どこかで聞いたことのある声が響いてくるだけだった。