四章 時の選別 1

 
 資格試験の受験者は五〇二五名。
 筆記と模擬戦を経て残ったのは三〇一名。
 この三〇一名が一四五期の合格者として、次の試練へ向かうことになる。
 ただし試練といっても実質は守護警士としての基礎、心構え、剣術や真術の基本訓練などが主になる、一ヶ月間の研修期間であるらしい。
 夜半、合格者のみに配布された薄い冊子には白黒の絵柄で内容が提示されていたが、試練とは名ばかりの和気あいあいとした雰囲気しか伝わってこなかった。
 胡散臭いよなぁ。……ってこれどこで?
 読み飛ばしながら眉をひそめていると、試験官が淡々と今後の予定を読み上げはじめ、聞けば聞くほどダンら合格者をげんなりさせていく。
 なにしろ研修場所は王国南東に位置するロシュラン連峰近くのナベラシン村であり、出発は夜も明けぬ明日早朝という。それでも村に着くのは夜半頃。ドムフに乗って行くとしても一日掛かりの行軍となるのだ。
 行程を思い描くだけで気力が吸われる。
 周りからも不満の声が聞こえはじめるなか、某所からは、
「遠足みたいだねー」
 という気の抜けた声が上がり、皆の失笑を買ったりもした。
 なにやってんだか。
 茶髪の少女に呆れつつ、ダンがため息を吐いたとき。
「辞退しても結構ですよ。ここにいる全員が残る必要はないのですから」
 試験官のあっさりした一言に、皆の高まった不満ははけ口を失い、黙らざる得なかった。
 そうこのときから。
 すでにふるい落とされる試練は、はじまっていたのだ。
 
  ◇◇◇
 
 夜が明ける前にたたき起こされ、真っ暗な空を見つつ数台のドムフに押し込められた合格者一行は、長時間に渡る揺れを体感しながら試練の場である、ナベラシン村へと入っていく。
 真石外灯の灯りなどなく、険しい山岳地帯に囲まれた小さな盆地のなかで、細々とした農村風景が広がる……のだが、到着した夜半ではドムフの灯り以外すべてが真っ黒で、不安を煽っていく。
 さらに研修が行われる施設は、山に囲まれた薄暗い一角にあった。
 狭い中庭に、今時珍しい木造二階建て。石造りの街並みばかりで育ったダンに取っては珍しいが、王都を離れれば木造建築は農村部ではそれなりに残っている。しかし約三百人を寝泊まりさせるには、眼前に佇む館は規模が小さかった。
「つまり、必要ないってことなんだろうよ」
 耳打ちしてくるナフューへうなずき返し、
「よほど減らしたいらしい」
 これからはじまるであろう地獄の日々を想像してため息を吐いたとき、真石拡声による怒号が響き渡った。
「いぃぃつまでぇグダグダしてやがる! さっさと来んか腑抜けどもがぁ!」
 あまりの声に誰もが耳を塞ぎ、辺りを見回す。
 しかし誰一人として動かず、ドムフの灯りの下で顔を見合わせていると、再度あの声が響いた。
「動けぇと言ったろうがぁ! 夜目もきかんのか糞がっ! ここに集合だ!」
 号令と共に館近くでほのかな光が点った。真石の光であり、その隣に黒い人影が見える。どう見てもその人物が号令の主だ。
 セミサ上級校にも、こういうノリの教師がいた。機嫌が悪くなると怒鳴りちらして、とばっちりが生徒に来る。今回もその展開に似ていた。
「ダン、これはやばそうだ」
「同感。なんか来るね」
 答えつつ、ダンとナフューは荷物を肩へ担いで走り出す。同時に周りの連中も動きだし、三百人が一気に光の下へ掛けって行く。
「さぁ早く、早く! 急げ糞どもぉ!」
 煽られながら近づいていくと、徐々に相手の輪郭が見えてくる。
 どうやら服は白い腰巻きだけで、上半身は裸の男だ。
 春近しと言えど、今は深夜。学生服の上に外衣を着ても寒いというのに、一段高い壇上に突っ立つ禿げ男は、寒気を感じている素振りをまったく見せない。
 苦手だなぁこういう人。
 真石の輝きがなければ、闇夜と区別がつかないほど真っ黒に日焼けした肌と引き締まった筋肉、それでいて均整が取れた体格は、まさに肉体派であることを強調していた。
 こりゃ手厳しい系だなぁ。怒声での命令口調、たまらん。
 嫌な予想がどんどん現実化していくのを感じるなか、ほとんどの合格者が壇上近くに揃い、男は大きくうなずいてさらなる怒声を発した。
「ほんと遅いぞぉクズどもぉ! いいか、これからつねに迅速な行動が求められる。なにがあろうとも、走れ。それがすべてに繋がっていくのだ! わかったか!」
「はっ」
 なぜか息の合った返事が出来たが、それでも物足りないらしい。
「声が小さぁい! 腹から声を出せ!」
「はっ!」
「そうだ、それでいい。ではまず俺の名を心に刻め。ツアット・スナイルズ・ネリーだ。ここの総責任者であり、お前たちクズを鍛え直す使命を帯びた者だ。わかったか!」
「はっ!」
「よし、良い調子だ。しかし残念なことに、お前たちはすでに失態を犯している。この落とし前はちゃんとつけなければならない。いいか!」
「はっ!」
「よぉぉし、では今からこの館『ネリーの箱庭』の外周を百回走れ!」
 長旅で疲れているんですけど。
 そういう思いが誰しもにあったのか、皆一瞬押し黙る。
「どうした、返事は!」
「は、はっ!」
「こんなんでびびってんじゃないぞぉ。これはすでに試練の一つだ。いいか、ネリーの箱庭にある部屋数は五十部屋だ。それも狭く区切った代物であり、そこに四名詰め込む。わかるか、この意味が」
 ネリーは不敵に笑い、指を二本突きだして続けた。
「二百名だ。ここの定員は二百名。いわゆる先着、二百名まで! これで百名を切る。切られた百名は即刻、乗ってきたドムフで王都送りだ、いいか!」
「はっ!」
 威勢良く返すも、合格者同士の視線が絡み合っていく。
 状況を見極めようとする者、不安げに誰かを頼ろうとする者、そして出し抜こうとする者。それらの視線を感じつつ、ダンも気を引き締めようとしたとき。
「はぁい、質問いいですかー」
 緊迫感ある雰囲気からはほど遠い、調子を狂わせる鈍い声が上がった。
「なんだその腑抜け具合は! 名前と受験番号を言え!」
「は、はぁい。デア・グッド・ポエトラ、五〇二四番です」
 振り返ると、五歩ほど離れた先で茶髪の少女が片手を上げていた。
 おいおい、なにやってんだ。
 呆れているうちにネリーの声が飛んできた。
「ほう、お前があのポエトラか」
 あの?
 知っている風な言い回しに眉をひそめるも、二人のやり取りは続いていく。
「いいだろう。答えてやる、言ってみろ」
「ではぁお言葉に甘えてー。百周の件なのですが、女の子も想定内でしょうかー」
「それか」
 ネリーが不敵に笑ったあと、またも怒号が轟いた。
「馬ぁ鹿もんがぁ! 甘えてんじゃねーぞ! これからの試練は男女平等で行われていく。いいか、守護警士にもっとも必要なのは体力だ。一に体力、二に技術だ。これぐらい乗り越えられない者は、いくら真術が優れていようと必要ないのだ! わかったか!」
「は、はいぃぃ」
 打ちのめされたかのように退くポエトラを見て、ネリーが鼻で笑って付け足した。
「しかし安心しろ。女子寮はある。別館ではなく、部屋を確保という形だがな。だから安心して走ってこい」
 そして皆を見渡し、ネリーは吠えた。
「不正は許さん! 監視の目は方々にある、気をつけろ! それと荷物は持って走れ! そこらに放っていたら誰かが盗むぞ! いいか!」
「はっ!」
「先着順に班と部屋を決める! わかるな、この意味。優秀な方が後々有利となる可能性が高いぞ!」
「はっ!」
 答える間にネリーが左手で右回りであることを指し示す。同時に皆が突進体勢を取りはじめる。
「いっくぞぉ! 走ぃれぇ!」
 号令の下、一気に三〇一名が走り出す。
 しかし館の裏はすぐに山。斜面が迫っており道幅も狭い。お陰で渋滞を起こし、集団は徐々に隊列へと変わっていく。そのなかで、ダンとナフューは集団半ばで足踏み状態を強いられることになる。
「このままじゃ、やばいぜ、ダン」
「わかってる。しかし体力勝負でもあるんだ、見極めも必要だろ」
「正論だが。抜け道ならありそうだぜ」
 ナフューが顎で館を指した直後、窓に手を掛けた若い合格者が首筋を押さえて倒れていく。近づいてみると、どうやら小指程度の針が首に刺さっていた。
「ナフュー、不正はダメだとさ」
「あぁやるしかなさそうだ」
 互いに苦笑し合い、意を決したダンとナフューは荒れ狂う集団を掻き分けながら、走る速度を上げていった。
 
  ◇◇◇
 
 ぼろぼろに裂けまくった外衣はそのまま処分され、汚れた学生服は没収。かわりに上下とも真っ白な研修用の衣服を与えられ、強制的にぬるくなった風呂へぶっ込まれたあと、渡された番号の部屋へ足取り重く、北館二階の薄暗い廊下をナフューと共にゆっくり進んでいく。
 目指す部屋は四九号室。
 ギリギリとは、まったく。
 未だ納得は行かないが、現実はすでに確定してしまった。
 本来なら一桁番号の部屋に入れた。
 なのにこの番号。すべては波乱に満ちた九八周目が原因だ。
 九七周目まで先頭の集団と付かず離れず、余裕を持って走っていた二人だが、再度中庭に戻ってきたとき事態は急変してしまう。
「あれさえなければ」
 悔しさがつい口をつく。
「しかし俺らは勝ったぜ、ダン」
「あぁ……勝ったんだ」
 不正は許されない。しかし妨害工作はまったく禁止されておらず、各々でコソコソと行われていた行為が、九八周目に来てついに表面化したのだ。
 周回遅れとの乱闘。
 それらを涼しい目で見守る教官たち。
 まさに地獄絵図と化す中庭を、そそくさとすり抜けていく面子。そのなかにポエトラやチサラの姿を見るも、ダンとナフューは見事に巻き込まれ、拳で語り合いまくってなんとか抜けきったときにはもう、定員ギリギリだったといわけだ。
「これが青春って奴かな、ダン」
「違うだろ。もっと清々しいはずだ。ぼくは認めないぞ、こんなの」
 腫れた顔を見合わせ、互いにため息を吐く。
「とにかく今は部屋で休む。それからだ、なにもかも」
「抗議したってむなしいだけだぜ」
「わかってるよ。でも言わずには、ってやつさ」
 不敵に笑って言い切った直後、おもむろに近くの扉が開き、ひげ面の男が顔を出した。
「お前ら、静かにしてくれねぇかな」
「あぁすみません」
 苦情に対し速やかな謝罪を繰り出す、それはなるべく穏便に済ませようとした学生時代からの癖だ。これで即解決、まったりとまた進むことが出来る。そう思った矢先に、相手の笑い声が聞こえてきた。
 再度相手を見ると、ひげ以外は全体的に腫れ上がっており、笑うのも苦しそうな表情に見えた。彼もまたあの乱戦を戦い抜いた一人なのだろう。
「どうやらお前らも勝ち組に入ったらしいな」
「まぁなんとか入りましたよ」
 一応年上っぽいので丁寧な対応で返していると、相手は得意げに胸を張り、
「だが、俺よりかは下らしいな」
「順位は?」
「言う前にわかるだろ。すでに部屋で休んでいるんだからよ」
「でしょうねぇ」
 そう言って部屋番号を見上げ、ダンは首を傾げた。
「ここって四九号室ですか」
「あぁ……ってまさか」
「ええ、まさかなんです」
 にかっと笑って、ひげ面の男が佇む扉へ近づく。
「なんでぇ早く言えよ。戦友なら大歓迎だ」
 男が脇に退いて二人を迎え入れる。
「それはどうも」
 男が脇に退き、ダンとナフューは部屋へと踏み入れる……のだが、二人の足はすぐに止まることになる。
 せ、狭!
 数歩進めば窓がある。それ以外は壁沿いに二段重ねられた寝床があるのみだ。
「せめぇところだけどよ、まぁ休むにはこれぐらいで充分だ」
「たしかに充分だ」
 つぶやいたナフューが荷物を降ろし、ざっと見渡して聞いてきた。
「俺らはこっちの寝床らしいぜ、どっちにするよ?」
 左側はすでに先客らで埋まっており、手つかずの右側が二人の寝床ということだ。
 どうせ狭いんだしな。
 固執することなく、ダンは肩をすくめて『どちらでも』と答えた横で、先ほどの男が眠っているらしい先客へ声を掛けた。
「おい、セドルよぉ。起きてんだろ、俺たちの仲間が来たぜぇ」
「……そうなんですか」
 微かな声が聞こえ、上の段で横になっていた男が身を起こす。
 あぁこいつは、ヤバイ。
 一目見て、脳裏に過ぎる『後々有利』の言葉。たしかにその通りだ。セドルと呼ばれた男からはまったく覇気が感じられず、顔もまったく腫れていない。体つきもほっそりした印象で顔つきも薄い。視線が合うと無言で会釈してくる。
 こりゃ戦力が落ちるわけだ。
 愛想笑いを浮かべながら会釈を返すと、
「こいつの名はアルアノ・クス・セドル。見た目通り、正真正銘の一九三位を得た男だ」
「どうも、セドルです。よろしくお願い致します」
 弱々しい声にダンは眉をひそめる。
 よくまぁ模擬戦を勝ち残ったなぁ。
 しかも一九三位だ。この部屋では一番良い成績だが、顔を見る限り乱闘を避けての一九三位だろう。体力的な面ではかなり下と見て良いはずだ。
 大丈夫なのか、これで。
 そんな思いが顔に表れたのか、セドルは急に身体をびくつかせて寝床の奥へ行ってしまう。
「あ、いや、べつにそんなんじゃ」
「あぁ気にするな、あいつはああいう奴らしいんだ。気にするだけ無駄だ」
「そうなんですか」
「そうだったんだ」
 セドルの小さな声が聞こえるも、ひげ面の男がかき消すように声を上げた。
「まぁいいじゃねぇの。それよか次は俺、カルロン・リド・スエント。元は海の男だったんだが、今はちょいと陸に上がって就職活動中な二七歳だ。敬え」
「一回り以上ですね」
「だな。お前ら学生上がりだろ」
「ええ、彼がテオ・マーク・ナフュー。ぼくがジェスラ・ババンギ・ダン。どちらも上級学校を卒業したばかりですよ」
「だろうな。だから甘いんだ」
「ですか」
 口元を歪めたスエントは寝床に腰掛けて二人に座るよう勧め、
「とりあえずタメになる話を聞かせてやる」
「はぁ」
 胡散臭げな視線を送るナフューを見つつ、ダンは言われるままに座ってみる。
「俺は眠いんだけどなぁ」
 ぼやくナフューも、疲れがあるからかがくっと腰を降ろした。
「よぉし。では教えてやろう。まずダン、抗議するとか言っていたな」
「ええ、まぁ形だけですが」
「無意味だ。やめておけ」
「しかし」
「あぁダメなものはダメなんだ。ここのノリはそんな感じよ。そしてこれからも。もうお前らは命の取り合いに参加しちまったんだから」
「命の?」
 聞き返すダンに、ナフューが答えた。
「つまり現実を直視しろ、ってことでしょ」
「そうさ。ナフュー、お前はわかっているんだな」
「まぁ俺にも思うところがありますから、それなりには」
 じゃぁぼくだけか。ってそれくらいなら。
「あのぉぼくもそれなりにわかっているつもりですけど」
「いんや、わかってねぇ。わかってたら抗議なんかするはずもねぇからよ」
 早々と否定されるも、ダンは言い返さなかった。
 現実か……命の。
 過ぎる言葉から、徐々に言わんとしているあたりが見えてくる。
「いいか、甘っちょろい言い訳なんて通じねぇ世界だぜ。夢とか、憧れだけでなれる職業じゃないんだ、守護警士ってのは。なのになぜ、これだけ多くの受験者がいるのか。なぜこうも厳しく落とされていくのか。そろそろわかって来たんじゃねぇか?」
 ええ、それなりにですが。
 心の中で前置きしつつ、ダンはいつか聞いた言葉を口にした。
「現実はつねに命のやり取り」
「そうだ。弱肉強食の世界だ。言い訳しているうちにばっさりだぜ」
「き、厳しいんですね」
「当たり前だぁ」
 呆れた風に天を仰いだスエントは、さらにまくし立てた。
「平和ボケしてんのは王都の民ぐらいのもんだ。それ以外は殺ったり、殺られたりなのさ。だから守護警士が重要になってくるんだ。厳しいのは当然だ。しかしそれ以上に受験者が多いのは、生き残る率が高いからでもあるんだ、わかるか?」
 たしかにあったなぁ。
 ユジーンから手渡された募集要項に死亡率は記載されていた。誇張も入っていると思えたが、少ない理由はそれなりにあった。
 王都が比較的平和であるから、だろうが。
「武装、ですか」
「正解だ。特に真石だな。これがあるなしの戦闘は、圧倒的に真石装備のほうが有利だ。つねに防御結界が張られていたしな。あれはやっかいだった」
「ってことはやったことあると」
「ま、過去にちょいとな」
 乱雑に伸びた黒髪をぐしゃぐしゃにして掻きながら、スエントは続けた。
「とにかくよう、平民が真石を持つなんてーのは難しい世の中だし、騎士やら空旋騎士なんて上級なもんにもなれるわけがねぇ。しかし守護警士は違う。これだけ広く募集している職は見たことねぇ。だから俺は資格試験を受けているわけだ。しかもこれが三回目っつーのがなんだかなぁ」
 自嘲気味に笑うスエントを、ダンとナフューはしばし首を傾げて眺めていたが、数字を改めて認識した途端、声を上げて聞き返していた。
「さ、三回なんですか」
「なぜそんなに」
 二人の食いつきように、スエントは落ち着けと言わんばかりに片手の平を見せ、
「まぁまぁ。それだけこの試練が過酷ってことよ」
「そうなんですか」
「……いやまぁ、どっちかつーと運のほうが強いかな」
「運?」
「あぁ。ま、そういう側面もあるってことよ。それよりもダン、お前は自分のことを心配したほうがいいぜ」
「ぼくですか」
 唐突な振りに面食らうなか、構わずスエントは言い切った。
「これからのお前は、ヤバイぜ」
「ど、どういう風にですか」
「噂が流れているんだよ。俺も今さっき名を思い出したんだがぁ、一人特待生級の扱いを受けている奴がいるって。それがお前さ、ダン」
 特待生級、そんな扱いを受けて今の部屋番号になるだろうか。
 あり得ないでしょ。
 笑いたくなる衝動を押し殺して答えた。
「なんで? よくわからんのですが」
「模擬戦で守護警士とやったんだろ。それが特別でなくて、なんなんだと。密かに騒がれているわけよ」
「あぁ。でもあれ突然で。単に人が足らなかっただけでは?」
「だからってわざわざ現役なんて出てこねぇよ。しかも噂じゃあのメーベルだったとか。あんなのが出張ってくるってことは相当なことだろ」
「そ、そうなんですかね」
「そうなんだよ。まぁお前のあずかり知らぬところでの動きにせよ、噂は止まらねぇ。それに教官らの一部がこれまたなぁ。隠見というか、ネリーの指示なのかわからねぇが、どうゆう対応してたと思うよ?」
「どうって、嫌な予想しかないですよ」
「じゃぁその予想通りだ。妙に特別扱いすんだよなぁ」
 妙にね。なるほど。
 軽くため息を吐くも、心はうらはらに高揚しつつあった。
 やるしか、ないから。
 自分へ言い聞かせて、特別扱いに思いを馳せる。
 想像通りならば過酷な状況が待ち受けているのは明白だった。
 ダンはゆっくり瞳を閉じながら、小さな声でつぶやいた。
「やってやるさ」
 そして現実は、ダンの想像通りに展開していくことになる。
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