一章 開眼する男 3

 
 時刻は午前二時になろうとしていた。
 目を覚ましたのは午前一時。
 それから一時間、祐太朗は食べ忘れていたコンビニ弁当を食いながら悶々と考え続け、ある程度の結論へ達していた。
 まず力の使用について。
 確実に体力を奪う。
 怠さが生じ、眠気を伴う。
 回復させるためには食事をし、適度な睡眠を取らねばならない。
 ある面、妥当で。
 ある面、正当な対価だ。
 使用に関して、それらを気をつけていれば大丈夫なはずだ。
 眠りから覚め、飯を食べ終わった今、体調に異常性を感じないのが根拠だ。
 また、力の効果は継続中であった。
 未だテレビは浮いたまま。
 どうやらこちら側が解除の意志を示さない限り、一度確定した力はそのまま継続するらしい。
 対価を一度払えば、それでお終いと考えて良い。
 悪くないな。
 もっと大層な対価を支払わされる物語が多い中で、目の前にある異常な力は扱いやすい部類に入ると言って良い。
 それに。
「解決策はある」
 ざっと極神大全の中身を眺めて、計画は整っている。
 あとは実験するのみであったが、一時の興奮が冷めはじめたせいか、祐太朗はもう一度振り返ってみた。
 なにかが、おかしい。
 たしかに異常で、非常識だ。
 それはわかる。
 わかるが、おかしいと感じるのだ。
 これほどのものが存在している、あり得ない話だ。
 しかし現に、目の前にある。
 叔父からのプレゼントであったものが、いつの間にか途方もない代物に変わっている。
「おかしい」
 なにかが。
 それがなにであるかが、わからない。
 つきまとう違和感。
 しかし突き詰めれば、たぶん答えは出るだろう。
 途方もない問題となって。
 だからか。
 祐太朗は頭振って、自らの疑念を振り払った。
 考えても仕方がない。
 不安に苛むよりも、対策を練ったほうが健全だ。
 それに辞典を、極神大全を見つめていると。
 来るのだ。
 好奇心という誘惑が。
 疑念を覚えつつも脳の片隅に張り付いて剥がれない計画を、実行したい欲求が。
「やるか」
 心はすでに次へ移っている。
 考え抜いた計画が、祐太朗に妙な自信を芽生えさせていた。
 なにかがあっても……大丈夫。
 この力があれば。
 この極神大全があれば。
 宿ってしまった思いが祐太朗を突き動かし、計画の第一段階へ踏み出していく。
 まずは一つめの呪文。
 喉の渇きを覚えるなか唱え、すぐに時計と向き合った。
 じっとしたまま針が回るのを眺める。
 一分、二分、三分。
 うずうずする身体を押さえ込むように我慢し、十に到達した時点でようやく祐太朗は微笑んだ。
「成功、かな」
 兆候が来ない。
 前は一つ唱えたただけ気を失ったが、十分経っても意識は鮮明だし、体調はすこぶる良い。
 唱える前よりも快調。
 今から夜の街を走り回りたい気さえ起こる。
 どうやら成功と見て良いだろう。
「でも、押さえは必要と」
 異様に高まった身体的テンションを押さえるべく、もう一つの呪文を唱えた。
 これで土台はできた。
 正常、そして平常。
 なのに呪文を唱え続けられる状態。
 回復の項目から、持続的体力回復系と常時的体調維持系の二つを唱えた。
 限界を超えて回復していく体力を押さえるべく、現状の平均的体調を維持し、最適化する力を作用させる。これで過剰な回復もなければ、極度の低下もあり得なくなる。
 完璧な土台だ。
 問題があるとしたら、どちらも永続的効果という点であったが、今の好調な祐太朗には二の次であった。
 次の段階へ。
 心はそれだけに占められ、ページをめくる手が早まっていく。
 一気に数百ページ飛び、開かれた項目は未来予知。
 これで……やるべきことは一つ。
 金だ。
 口座に残された金額は一万円に満たない。
 家賃を含めた一ヶ月の生活費は、微々たる実家からの仕送りとバイトの給料でほぼ消えていく。
 貧乏生活。
 最下級な生活よりかマシであるが、その他多くの学生と比べると貧困の部類に入るだろう。
 だからこそ、即物的な思考へ走る。
 うまくいけば今よりも……。
 思わず口元が緩む。
「夢が現実化していくねぇ」
 つぶやきながら目当ての呪文が書かれた欄を指で追い、ページ半ばで止めた。
 まずはこれだ。
 未来予知のなかでも初歩的な呪文。
 三つの項目から最も適した未来を告げる代物らしい。
 ちょうどいい。
 思い描く計画にぴったりだった。
 くたびれた鞄から、ぼろぼろのスポーツ新聞を取り出す。
 昨日、大学帰りにゴミ箱からくすねた代物だ。
 暇つぶし用であり、生ゴミを包む紙として持って帰ったものが、未来を引き寄せる情報ツールとして正常に機能しようとしている。
 ちょっとした感慨に耽りつつ、筆記用具を取り出して薄っぺらい大学ノートに『馬券』と書き込む。
 あとは期日。ちょうど明日だから。
 大雑把に『明日』と書き足して、祐太朗は眉をひそめる。
 ……ちょっと待てよ。
 最後の項目を意識したところで、ある点に気付いた。
 金だ。
 貧乏故に、財布に入れた最大の金額は二万円と少しだ。
 それだけでも、当時の心労は酷かった。
 現金を持つことによるストレス。
 慣れきった人間には感じることができない、ある恐怖。
 持つことにより、生じる恐怖というものが存在する。
 襲われる、恐怖だ。
 実際、襲われたことのない祐太朗であったが、学生時代にいろいろ見聞きした事柄がある。だからこそ、恐怖する。たかが特急の乗車券を買いに行くだけであっても、いつ襲われるのかと、おどおどしていたぐらいだ。
 街の治安はそれほど悪くなかった。
 でも知り合いに出会えば、話は違ってくる。
 ほんと、嫌な記憶だな。
 ため息を吐き、祐太朗は開いた極神大全を見つめて、もう一つの計画を練りはじめた。
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