序章 役目からの脱落

 
 人には役目がある。
 それぞれ、そのときどき。
 役目を負い、遂げていく。
 叔父の口癖だ。
 よく聞いたのは、ニュース番組を見ていたとき。
 流れてくる悲劇的な内容に、薄ら笑いを浮かべて口にしていた。
 ある種の変人。
 シニカルで非協力的、社会に対しても一線を画す叔父は、親戚や村の人たちからも浮いた存在だった。
 そんな叔父から、誕生日プレゼントが届いた。
 空知祐太朗が二十歳になるためには、あと半年は必要だ。なのに添付された短い手紙には、二十歳の祝いと書いてあった。
 覚えてない、というより今年で二十歳だと気付いただけでも、かな。
 叔父を思い描いて、祐太朗は軽く首を振って車窓を眺めた。
 急斜面に濃い緑の風景が流れていく。
 ディーゼルエンジンの力強い音色と共に、レールと車輪の擦れる音が車内に響き渡る。
 山奥へ向かう、二両編成の車両に乗客は祐太朗のみだ。
 昼時前に終着駅まで乗る者はいない。
 観光名所もないので、余所者が来ることもない。
 田舎のなかのど田舎。
 それが祐太朗のふるさとであり、近づけば近づくほど憂いが募っていく。
 祐太朗は肩をすくめて再び目を閉じた。
 考えることは多い。
 すべては来るはずのないプレゼントからはじまった。
 質素な封筒に入っていたのは、手紙と一冊の本。
 その手紙も、たった二行だけ。
 二十歳の祝いであることと、妙な誘いの一行。
『役目から解き放たれるかもしれないよ』
 意味がわからなかった。
 役目? 解き放たれる? なんのことさ。
 そう思っていた間に、あの口癖が脳裏を過ぎった。
 薄ら笑う叔父は、幼少の祐太朗にとって不気味に映った。
 思い返すだけでも、寒気が走る。
 今思えば、叔父はあきらかに精神を病んでいたと断言できる。もしかしたら隔離するレベルにあったのではないかとすら、思えてくる。
 危険な叔父。
 不気味な叔父。
 人が死ぬことさえ役目だと口にする叔父。
 だが彼の職業は真っ当だった。
 どこでどう過ごしていたのか、まったく知らされてはいなかったが、祐太朗が進学する前に聞き及んだ噂では、北の地で民俗学の大学講師に就いているとか。非常勤で貧乏な一人暮らしであるが、研究に没頭して忙しい日々だというものだった。
 だからこそ。
 まともになったと思いたかった。
 いや、思い込んだのだ。
 口癖を言う叔父の記憶をかき消し、噂に聞いたイメージだけで判断して手紙を捨て、本を手に取ってしまった。
 そこからだ。
 たしかにぼくは……。
「解放じゃなくて脱落だったよ。叔父さん」
 恨み節を口にするなか、終着のアナウンスが聞こえてきた。
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